原発から出る高レベル放射性廃棄物「核のごみ」の最終処分先が決まらずに久しい中、被爆地の長崎県で新たな動きが出た。処分場の誘致に向け、対馬市の複数の経済団体が市議会に請願を出す方針を決めた。ただ対馬は国境に近く「
◆誘致請願の背景に人口減少、観光需要の落ち込み
福岡空港からジェット機で約30分。玄界灘に浮かぶ島にあるのが対馬市だ。
人口約2万8000人。漁業や観光業が盛んだ。市北部の高台に行くと、朝鮮半島が視界に飛び込むことも。距離は約50キロ。「冬場が一番ですが、空気が澄んだ日に山や展望所に登れば、この季節でも韓国の街並みがまれに見えます」。市職員の男性が教えてくれた。
朝鮮半島と長く交易を持ち、心理的な距離も近いだけに、韓国との関係がしばしば取り沙汰されてきた。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の創設者・文鮮明氏が提唱したとされるのが「日韓トンネル」だが、市議会は2013年、「日韓トンネルの早期建設を求める意見書」を可決した。
安全保障政策でも重きが置かれる。重要な施設周辺などが対象となる土地利用規制法の特別注視区域に指定された地域がある。陸上自衛隊対馬駐屯地を抱えるためだ。一定の面積以上の土地や建物の売買時に氏名や国籍の届け出を求める。
その対馬で今月浮上したのが「核のごみ」の最終処分場の誘致に向けた動き。具体的には、複数の経済団体が市議会に請願を提出する方針を決めた。
「核のごみ」は使用済み核燃料を再利用する際に出る。放射能レベルが非常に強く、危険度が下がるのに長時間を要する。国が目指す最終処分法は地層処分。地下深くの岩盤に隔離する。
選定過程の第1段階に当たるのが文献調査だ。応募して受け入れると、国から自治体に約20億円が交付される。過去には、07年に高知県東洋町が応募したが、町民の反対で取り下げに。20年11月からは北海道寿都町と神恵内村で行われている。
今月12日、文献調査に応募するよう求める請願を提出する方針を固めたのが「対馬建設業協同組合」。会員数は25年前のピーク時に比べて4割減に。組合員の男性は「公共工事が減り、市内の建設業には打開策が必要だ」と語る。
1週間後の19日には、対馬市商工会も請願の提出を決めた。商工会によると、処分地選定を担当する「原子力発電環境整備機構(NUMO、ニューモ)」から昨秋までに、会員向けの説明会を主催したいと打診を受けた。昨年のうちに理事らがこの説明会に参加。商工会は4月、市民も含めた説明会を開いた。
こちらは「文献調査」という文言を請願に明記しない。商工会の山田審司事務局長は「請願は文献調査ありきではなく、まずは市議会で再度の議論を、という体裁にする。段階を踏むことが重要」と話す。
市内では07年にも一部の市議に誘致の動きがあり、最終的に市議会が「誘致反対」を決議した。改めて誘致が浮上した背景には「深刻化する人口減少、最近までの日韓関係の悪化、観光需要の落ち込み」があるという。特に打撃だったのが、コロナ禍による韓国・釜山との航路停止。ピーク時の18年に約40万人いた訪日客が消え、比田勝港周辺に林立していた商店や飲食店の撤退も相次いだ。
◆文献調査への応募阻止へ署名で対抗
対馬では今も「核のごみ」の最終処分の誘致に反発が強い。市民有志の「核のごみと対馬を考える会」は、文献調査に市が応募しないよう求める請願の提出に向けて準備しており、応募反対の署名も集めている。
水産加工会社を長年営んだ上原正行代表(78)は「核のごみ捨て場というレッテルを貼られたら魚価低迷につながる。核のうば捨て山を造るような国策にだまされたらいかん」と息巻く。
危機感を強めるのは、2011年の東京電力福島第一原発事故直後、海外の消費者から海産物やシイタケの安全性に厳しい目が向けられたからだ。「原発事故後に香港で海産加工品などの物産展を開いたが、ツシマから来たと言ってもフクシマと誤解された。予定していたマグロの解体ショーも中止になった」
懸念は、まだある。
経済産業省が最終処分の適地を公表した「科学的特性マップ」には、対馬を火山や活断層が近くにないとして「好ましい」とした。
ただ政府の地震調査委員会は昨年3月、対馬近海に活断層があると発表した。壱岐・対馬付近では1700年、マグニチュード(M)7.0の地震も起きたとされる。「政府が核のごみを安全に管理できるといくら言っても信用できない」(上原さん)
漁業会社役員の久保嘉代さん(50)は、最終処分に関する情報が市民に広く伝わっていないとし「子育て世代や若者もよく知らないまま誘致の話が進んでしまうようで心配だ」と危ぶむ。
朝鮮半島に近い対馬は1300年以上前に「防人」が置かれ、歴史的に国防の要衝にもなってきた。現在も陸自の対馬駐屯地があり、隊員は地元住民から「やまねこ軍団」と呼ばれる。そんな国境の島に最終処分場を誘致して、安全保障上の問題はないのか。
元陸自レンジャー隊員の井筒高雄さん(53)は「ウクライナで原発がロシア軍に占拠されたように、原発や核物質の関連施設は攻撃対象になるリスクをはらむ」と述べた上、「政府が九州以南で防衛強化を図ってきたのは中国や北朝鮮の脅威を念頭に置いてきたから。その前提に立てば、攻撃を受けやすい国境近くで『核のごみ』を処分していいのかと疑問が湧く」と語る。
万が一、放射能漏れがあれば九州や本州に運ばれる恐れもある。「安全保障の観点からは対馬を最終処分場の候補地から切り離したほうがいいのではないか」
国境近くで最終処分すれば、韓国はじめ近隣国の反発を買う恐れもある。先の上原さんは「処分場を誘致すれば韓国などから観光客も来なくなるだろう。そうなれば、政府が防人の島を見捨てることと同じではないのか」と語気を強める。
どこであれ、住民の合意を得るのは簡単ではない最終処分場を巡る問題に、どう向き合えばいいのか。
新潟国際情報大の佐々木寛教授(政治学)は、そもそも政府が最終処分をはっきりさせないまま、原発の再稼働や活用を進める点を「無責任だ」と批判する。
さらに「文献調査に手を挙げた自治体が数十億円単位の交付を受けたとしても、その後に地元合意がまとまらない可能性がある。その場合に首長が誘致を断れるのかも疑問だ」と述べ、こう強調する。
「最終処分場の誘致は今生きている世代だけでなく、将来にわたる世代たちにも影響が及ぶ、いわば『世代間民主主義』の問題だ。自治体は補助金との引き換えに『核のごみ』を引き受けることが子々孫々にも本当に合意を得られるのか、慎重に考える必要がある。さもないと将来にわたり禍根を残すことになるだろう」
◆デスクメモ
最終処分の誘致話が出る自治体は日本の端の方にある。典型的な「地方」だ。迷惑施設を受け入れてでも経済的な潤いを求めようとする。そうせねばならぬ困窮ぶりこそ直視が必要だ。地方創生を掲げてきた自公政権。看板に見合う責務を果たすべきでは。あのムラの救済より先に。(榊)
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