「半径2km」という人間の身体感覚に合った生活圏で、循環社会づくりを目指す――。SDGs、サステナブル、そしてネイチャーポジティブ(自然再興)に注目が集まる中、興味深いビジョンを掲げたソーシャルベンチャー企業がある。ローカルフードサイクリングの創業者、平由以子氏(代表取締役)は長年にわたり、NPOを通じて生ごみのアップサイクリング、フリーマーケット、地域づくり活動に取り組んできた。徒歩でも行ける2kmの範囲内で、「地域の人が生ごみを捨てずに、地域の中で野菜に変えるなど、循環をするような仕組みをつくりたい」と語る平氏。「長年ブレたことがない」という地域社会のビジョンを聞いた。
2019年に福岡で創業したベンチャー企業、ローカルフードサイクリングは、その源流からたどれば歩みは長い。代表の平由以子氏は1997年からコンポスト(堆肥をつくる容器)、フリーマーケット、地域づくり活動に携わってきた。自身が立ち上げに関わったNPO法人・循環生活研究所での活動などを通じて、これまで80万人以上に堆肥の作り方や家庭菜園などを普及させた実績を持つ、この分野のエキスパートである。
家庭からの廃棄物のうち約3割を占めるのが、生ごみ。水分を8?9割も含んでいるため、焼却する際に多くのエネルギーを浪費する。CO2削減の観点から大きな懸念となっているほか、国内における生ごみの焼却費用は約1兆円とも言われており、実コストの負荷も見逃せない。また、農耕地の土壌に含まれる栄養分不足が進んだ要因として、都市の家庭から出る生ごみが循環されていないことも指摘されている。
そこで平氏らは、新しい生活スタイルを人々に定着させる手段として、2020年に「LFCコンポスト」を開発。フェルト生地のバッグ型に仕上げたことが特徴だ。このプロダクトの普及を通じて、家庭の生ごみを適切に堆肥化して回収し、地域で循環する仕組みを展開しようとしている。
NPOではなく民間企業として同社を立ち上げたのは、事業拡大を通じてこの活動を本格的に広げたいため。なお、社会起業家支援を手掛ける企業として知られるボーダレス・ジャパンからの出資を受けている。ボーダレス・ジャパンは2007年に創業し、30以上のソーシャルベンチャーに出資し、各社の事業支援を実施している。
ローカルフードリサイクリングの事業活動で興味深いのは、各地域で野菜などを育てられる「コミュニティガーデン」の設置を進めていること。2030年を目処に、各地域でコンポストを持ち寄り、野菜などを育てる拠点を全国に1000カ所設置したいとする。同社はこうした姿を「半径2km単位での持続可能な栄養循環の創造」と表現している。
近年の産業界では「ネイチャーポジティブ(自然再興)」というコンセプトが注目されつつある。生ごみのアップサイクルという暮らしに身近な作業が、どう地球環境の再興につながるのか。平氏に話を聞いた。
循環型社会の実現手段を模索してきた
――長年、NPOでの生ごみのアップサイクリングや地域づくりを通じて、自然を大切にする生活スタイルの啓発に取り組んできました。そして地域で資源がうまく循環する「ローカルフードサイクリング」構想を具体化するべく、この構想名を冠した企業を立ち上げました。あらためて活動の経緯から聞かせてください。
平由以子氏(以下敬称略):そもそも私にとって「安全な食をつくりたい」という切実な動機は、父の病気がきっかけでした。もっと身近な場所で育てられた、栄養価がある食物を考えたときに、活用をしたほうがいいものが生ごみだと気づいたのです。
平 由以子(たいら・ゆいこ)氏。 福岡県生まれ。大学で栄養学を学び、証券会社で勤務。大好きな父とのお別れをきっかけに、土の改善と暮らしをつなげるための「半径2kmでの資源循環」を目指して、1997年より活動開始。2004年、青年団の仲間とNPO法人循環生活研究所を立ち上げ、ダンボールコンポストの普及活動を行う(現在は同法人理事)。2019年にローカルフードサイクリングを創業。子どもから高齢者、外国人までコンポストでつながる美味しい食の輪をつくるのが生きがい。メンバーとのお茶の時間を一番大切にしている。行動を最良の学習手段とし、活動をスパイラルアップさせるが信条。趣味はイラストコミュニケーション、レコード・映画鑑賞、愛犬と遊ぶ。著書に『堆肥づくりのススメ』(循環生活研究所)など。
(写真提供:ローカルフードサイクリング)
――生ごみを堆肥にして、いい土づくりから始めようと。
平:専門家やいろんな組織を探したのですが、いちばん堆肥づくりが上手なのが私の母でした。それからは自分たちの考えやノウハウを本にして、それを交通費代わりに販売しながら出張講座を始めたのが活動のスタートです。1年も経たないうちに年間300本ぐらいの講演依頼が来るようになりました。
講演が400本を超える頃には、移動の合間にコンビニ弁当などを食べていました。「安全な食を伝えるはずなのに、これは何か間違っている」と気づいたんです。2004年に立ち上げたNPOでは人材育成事業に軸足を置き、地域の人自身が教える仕組みにして、持続可能性を上げるというコンセプトになりました。
――会社として新たに取り組む理由は。
平:人材育成は順調で、年間8万5000人ぐらいにコンポストを軸にしたモデルが普及する体制が整いました。海外からも年に30件ほどの問い合わせが来ます。それでも、まだ生ごみの9割以上は焼却場にいっています。このままだと自分たちの自己満足に終わってしまうから、循環型のサイクルをなんとか社会に実装させたかったのです。
――生ごみの活用が社会で進まないのは、どうしてでしょう。
平:生ごみに関して「困っている人がいない」からですね。日本のごみ回収システムは優れていて、ハエの卵が成虫にならないよう週2回のペースで整備されています。世界中を見ると、焼却場がこれほどある国はないです。ごみが回収されると、すぐ目の前から消える。トイレと一緒で、その後どうなっているかも関係なくてスッキリします。現状では、ごみ回収に関する苦情が役場に来ることもないから、生ごみの活用なんて面倒くさい話はやめよう、ということになるんですね。
こういう活動をしていると「素晴らしいですね」と言われることも増えましたが、その人たちが家で生ごみを活用するかといえばそうでもなく、あまり必要性を感じてもらえない。誰もが「やりたい」と思うものをつくらなきゃダメだと。「理論だけでは人は動かない」と自覚して、ビジネスとして打って出る覚悟を決めました。
生ごみを微生物の力で堆肥に変える「LFCコンポスト」を2020年から販売している。1日400gの生ごみを1.5カ月~2カ月間投入することができ、その後2~3週間ほどで堆肥へと変わる。フェルト製バッグは繰り返し使えて、虫を防ぐファスナー付き。特許出願中。2020年からのLFCコンポストの累計販売は4万5000個以上(卸し先などは含まれない)。企画やデザインは平氏が担当した。
(写真提供:ローカルフードサイクリング)
――2020年に発売開始した「LFCコンポスト」の開発は、いつ頃から始めたのですか。
平:かつてダンボールコンポスト※に取り組んでいた時代にも、2003年には虫の予防などの機能を開発していたし、常に研究を進めていました。NPO時代も含めて20数年やってきても、コンポストは改善のポイントが見えてくる。とても奥深い世界です。今回のLFCコンポストのアイデアはすでに出来上がっていたので、あとはそれを形にするところでボーダレス・ジャパンと一緒に商品開発しました。
※ 平氏は自身が運営するNPO法人、循環生活研究所で、ダンボール箱を使ったコンポスト商品を提供してきた。
――ボーダレス・グループの一員になったことのメリットは。
平:これまでも、さまざまな企業から「何か一緒にできませんか」という声をかけていただきました。今回、社会課題にビジネスとして本格的に取り組んでいるボーダレス・ジャパンのグループ企業となって、安心して事業を進められる体制になりました。
半径2kmでの循環が未来社会のカギを握る
――ローカルフードサイクリングは「コミュニティガーデン」の事業を手がけています。その目的は。
平:最初に私が思い描いた妄想は、マンハッタンのアパートメントの屋上にあるような農園です。お世話になった10数人の方に声をかけたら、協力してくださいました。
日本だと「市民農園」という訳しかないのですが、本来のコミュニティガーデンは、農地還元の役割とか、食の教育などをみんなで学ぶ場としての役割もあります。新鮮で安全、健康的なものに触れる場というのは、高齢者や子どもたちにとって大事です。都市化した環境であればなおさらです。
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区画の貸し出しに加えて、年2回ほどの講座を会員向けに行っているコミュニティガーデン事業。「現在は私たちの直営が80数カ所あり、提携している農家さんがやっているところがほかに10数カ所あります。化学肥料や農薬を使わない、刈り取った雑草はコンポストに入れる、といったルールを守れる方に貸し出しています」(平氏)。また幼稚園から高校まで、コミュニティガーデンを教育の一環として無料で貸し出すケースもある。「ボランティアスタッフなどの支援の輪が広がっています。2年前まで9年間、九州産業大学経営学部と堆肥づくりから加工品の開発まで一貫して行う授業もしていました。そうした活動に関わった人たちが巣立っていき、都市部と地方をつなぐ活動に携わる例も多いです」(平氏)
(写真提供:ローカルフードサイクリング)
平:あとは「資源の循環拠点になる場所」の役割ですね。LFCコンポストをバッグ型にしたのも、半径2km以内のマルシェに、家で2カ月間の生ゴミを濃縮させて、それを自分で持ってくるという発想です。
私たちが目指しているのは「半径2km」という生活圏で、地域の人が生ごみを捨てずに、地域の中で野菜に変えるとか、循環をするような仕組みをつくること。ゴミを減らすプロセスがすごく楽しいなら、大きく暮らしを変えなくてもいい。その結果、地域の人が健康になるとか、寿命が延びるかもしれない。そういう「パブリックヘルス」を実現させたいのです。
――循環圏を「半径2km」と定めたのは、なぜですか。
平:個人的な経験から言いますと、私が父の看病のために実家へ戻った時、半径2kmの徒歩圏内に閉じ込められたんです。でも、その暮らしが思った以上に心地よかったんですね。私は、大学時代は海や山で活発に遊んで、近所では暮らしていませんでした。証券会社に就職した後、退職して主婦になりました。
でも、郷里に戻ってきて中学生の頃の行動範囲も思い出したし、すごく楽しくて。もっと満喫したいなと感じました。そのうち、近所のおじいちゃんやおばあちゃんが持つ知恵のすごさに気づいた。さらには、便利に思わされている暮らし、新しい建物をつくることへの疑問だとか、どんどん湧いてきました。
そこからいろいろ調べると、どうやら人間の自然な行動範囲というものが、それくらいのサイズ感らしい。昔の地産地消で立つ市(いち)とか、貝塚なども1.5km単位でできているそうです。私は日本ミツバチを飼っているのですが、その行動範囲もだいたい同じなんですよ。
ごみ回収のコストが上がる将来に備えて
――これからコンポストやコミュニティガーデンを、ビジネスとしてどのように継続・拡大させていく計画ですか。
平:正直、直営のコミュニティガーデンで野菜を売り続けたとしても赤字になります。これらのみで商業ベースに乗せるのは難しいでしょう。ただし、これまで行政や民間の方々と協力してパイロットモデルを実施してきたことで、半径2kmの循環を築くとどんな成果が見込めるのかはわかっていました。そうした知見を共有できるので、協力できる企業があれば一緒にコミュニティガーデンを運営して、そこから事業の種を育てていきたいです。
――これまで蓄えた知見には、どんなものがありますか。
平:例えば、NPO時代に福岡市のモデル事業として6年間の社会実証をしたときには、つくった堆肥を有価物として回収してもらいました。半径2km圏内の約1000世帯ぐらいがそのモデルに参加すれば、焼却するのと同じ費用で回せることがわかりました。
さらにこれから少子高齢化が進むと、少量のごみを遠くまで運ぶというごみ収集の仕組みは、ものすごい効率が悪くなるんです。半径2kmごとの拠点回収にならないと、今の3?4倍の費用になってしまう。新しい社会システムをつくることを考える場合には、そうしたコスト計算も必要です。そのあたりを数値化していけば議員さんなど行政に関わる方々を説得できると思い、徐々に目標を定めていきました。
――最後に、今後の目標は。
平:現状でLFCコンポストの3カ月後の継続率は8割です。会員さんへの支援を充実させて、その率を上げたい。LINEでのサポートをさらに強化するとか、農家さんとのつながりを持たせるとか、さまざまな方策を考えています。耕作放棄地の増加が社会問題になっているので、それを生かすような事業をファンドと共同で実施しようという計画もあります。
企業との連携も進めています。例えばJ.フロント リテイリング株式会社が進めている「2030年ありたい姿プロジェクト」の一環として、松坂屋上野店屋上でコミュニティガーデンを手掛けています。企業の方々も少子化とコロナ禍をきっかけに、企業風土やビジネスをアップデートさせていこうというお考えをお持ちで、それがいろいろなご活動に反映されていると感じています。学校関係者からのアプローチもあって、イノベーターの先生たちとともに新しい教育を開拓していこうとしています。
忙しく活動しているうちに、20年間があっという間に過ぎた感じです。活動初期に描いた「こういう社会になっていたらいい」という青写真は、今もまったく変わっていません。
最初に「これはいける!」と確信したときには、嬉しくて眠れなかったほどです。おそらく10年後も半径2km圏内で自分たちが好きなことをしているのでしょうね。その姿はハッキリと浮かんでいます。
からの記事と詳細 ( 生ごみの循環で地域のパブリックヘルスを実現 半径2kmで実現する「ローカルフードサイクリング」とは | 未来 ... - project.nikkeibp.co.jp )
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