大阪市を廃止して特別区に再編する、いわゆる「大阪都構想」をめぐる住民投票を11月1日に控えた10月26日に、毎日新聞が「大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算」と報じた。
市民にもわかりやすい「大阪都構想が実現した場合の特別区設置後の収支悪化」という報道が行われたことに、都構想推進派の松井市長、大阪維新の会、元市長の橋下徹氏などが大反発し、毎日新聞の記事や、それに追従した他のマスコミの記事に抗議して訂正に追い込むとともに、その根拠となる試算の数字を提供した大阪市財政局側に対して厳しい対応を行った。
大阪市を4市に分市した場合の基準財政需要額の資料を毎日新聞に提供したことについて、財政局長は、10月27日に記者会見した際は「(都構想の)特別区設置のコスト増とは全く関係ない」としつつ、「試算は妥当だ」との考えを示していた。しかし、29日に再び記者会見を開き、今回の試算が、「いわば虚偽のもので実際はありえないものだ」「誤った考えに基づき試算し、誤解を招く結果になった」と述べて、報道各社や市民に謝罪した。そして、謝罪に至った経緯について、松井一郎市長に試算についての考え方を説明したが、市長から「世の中には存在しない架空の数字を提供することはいわば捏造だ。資料を提供した財政局のガバナンスの問題だ」と厳重な注意を受けたことを明らかにした。
過去に例がない「政令指定都市の解体」
大阪市財政局長が、市長から「架空の数字を捏造した」と非難されて会見を行い、「虚偽のもの」とまで認めて謝罪するというのは、異常な事態だ。
上記毎日記事は、
大阪市を四つの自治体に分割した場合、標準的な行政サービスを実施するために毎年必要なコスト「基準財政需要額」の合計が、現在よりも約218億円増えることが市財政局の試算で明らかになった。人口を4等分した条件での試算だが、結果が表面化するのは初めて。一方、市を4特別区に再編する「大阪都構想」での収入合計は市単体と変わらず、行政コストが同様に増えれば特別区の収支悪化が予想される。特別区の財政は11月1日投開票の住民投票でも大きな争点で、判断材料になりそうだ。
というものだが、確かに、現在住民投票で賛否を問われようとしているのは、「大阪市という政令指定都市を廃止して、4つの特別区を創設する」というものであり、「大阪市を4分割して、4つの政令指定都市を作る」というものではない。そういう意味では、この「試算」を、単純に都構想の是非の判断に結び付けることはできない。
しかし、そもそも、「政令指定都市を解体して4つの特別区を創設すること」に関する住民投票などというのは、過去に行われた例がない。1948年に、東京市が廃止されて特別区となったが、それは、当時、戦時下で統制強化のために、それまで市長が公選されていた東京市を廃止し、住民自治の基盤を奪う政府側の措置であり、言わば「国家総動員体制」の一環として行われたものだった。今回の「市の廃止・4特別区の設置」とは全く異なる。
「大阪市廃止・4特別区設置」を実行に移した場合に、行政上の収支にどれだけの影響が生じるか、正確な数値を算定することは不可能だ。そこで、何らかの試算を行って、行政上の収支を推測することになる。
「基準財政需要額」による試算には全く意味がないのか
大阪市が政令指定都市として存続した場合と、4つの特別区となった場合と比較すると、税収や国からの交付金は変わらないが、一方で、スケールメリットが失われることによって行政コストが増大する。それを、4つの市に分割した場合のコスト増の試算をベースに考えようというのが、上記の毎日新聞の記事だ。
もちろん、今回の住民投票で問われているのは、このような単純な「分市」ではないし、実際に「4つの特別区」が創設された場合には、行政コスト削減や収入拡大の努力が行われるはずなので、そこで示された218億円の収支悪化というのは、そのまま「大阪都構想」による行政上の収支への影響予測を表すものではない。
しかし、「単純な分市」の場合の行政コスト増を試算し、そこから、どれだけのコスト削減が可能か、或いは、どれだけ収入増が見込めるかを想定して、行政上の収支への影響を予測しようというアプローチ自体には、一定の合理性がある。
問題は、財政局が提供した「試算」の根拠となった「基準財政需要額」が、総務省が地方交付税を自治体に支払う額を算定する際の指標の一つであり、「各地方団体の財政需要を合理的に測定するために(…)算定した額」(地方交付税法第2条第3号)とされていて、大阪市を4分割した場合の「実際に発生が見込まれる行政コスト」ではないので、そもそも行政コスト増加の「試算」の根拠にはならないのではないかという疑問があることだ。
しかし、実際に見込まれる行政コストとは異なると言っても、国からの地方交付税の算定根拠とされる金額なのであるから、行政コストを推計する上での一つの目安になることは確かである。大阪市の廃止と特別区設置が行政上の収支に及ぼす影響を考える上で「試算」に意味がないとは言えない。
特別区制度案や財政シミュレーションの「収支予測」が信頼できるのか
もちろん、大阪都構想に関して、直接的な行政上の収支予測によって信頼できる金額が示されているのであれば、「基準財政需要額」という間接的な数値を用いて試算する必要はない。その点について、特別区制度案や財政シミュレーションにおいて「実態に即して積算のうえ示している」とする金額があり、それによると
イニシャルコスト(最初にだけ発生する初期費用)が241億円、ランニングコスト(毎年発生する費用)が年30億円(大阪府に発生するコストも含めた合計。大阪市域4特別区に限ると、初期費用204億円+毎年14億円)
とされている。しかし、この金額は、事実上の推進派とも言える「大阪市副首都推進局」が算出したものである上、果たして実際の収支を反映するものなのか否かについては多くの疑問が指摘されている。例えば、コロナ禍以前に策定された「大阪メトロ」の中期経営計画を前提とする固定資産税と株主配当金が特別区の収入として算定されており、その後のコロナ禍での大阪メトロの大幅な採算悪化が考慮されていない。また、プール等の市民利用施設の廃止など、サービス低下を前提としていることが、特別区になっても市民サービスが維持されるという前提に反するとの指摘もある。
このように「実態に即した積算」にも多くの疑問があり、行政上の収支予測として十分に客観性があるものとは言えない。そうだとすれば、4つの市に分割した場合の地方交付税の算定根拠となる「基準財政需要額」に基づく行政上のコスト増の試算を、行政上の収支予測の「出発点」として行ってみることにも一定の意味があると言えよう。
もっとも、財政局長が謝罪会見で「誤った考え方に基づく試算」と述べたのが、上記のような「基準財政需要額」に基づく試算という方法自体の問題なのか、そのような方法で行った試算の手法や結果に「誤り」があったのか、記者会見の発言だけからは判然としない。
そして、「基準財政需要額」による「試算」は、あくまで、コスト削減や収入増を考慮しない「出発点」の金額であり、行政上の収支への影響の判断に直接結び付くものではないという意味で、その金額を、住民投票での争点の判断材料であるかのように述べた毎日新聞の記事がミスリーディングであったことは否定し難い。
50日間の独裁期間
住民投票で「大阪市廃止・4特別区設置」が可決された場合、松井市長は、大阪市を廃止し、特別区の区長が選挙で選ばれるまで、「最後の市長」を務めるのであろう。
その場合、大都市法施行令13条では、
法第二条第三項に規定する特別区の設置があった場合においては、従来当該特別区の地域の属していた関係市町村の長であった者が、当該特別区の区長が選挙されるまでの間、その職務を行う
とされており、「最後の市長」には、議会によるチェックも全く働かない50日間の「絶対的な独裁者」としての権限が与えられている。
既に述べたように、財政局の試算のアプローチ自体には意味がないとは言えないにもかかわらず、自ら信頼して任命しているはずの財政局長に対して、「捏造」という言葉まで使って厳しく非難する松井市長の姿勢には、懸念を抱かざるを得ない。
松井市長は、住民投票で成立をめざしている「大阪市廃止」が可決されることで、短期間ではあっても、このような絶大な権限を持つことになり得るという自らの立場を、十分に認識した上で、対応すべきである。
大阪市を廃止し、4つの特別区に解体することが、いかに大阪市民にとって不利益なものであるかは、YouTube【大阪都構想は“市滅の刃”か!?絶対に賛成しては「ダメ」な理由】でも詳しく述べている。住民投票での大阪市民の賢明な判断を期待したい。
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